2025.10.06
報告・論文・解説
2025年8月7日の東京1陣、2陣訴訟の建材メーカーとの和解について、松田耕平弁護士(首都圏建設アスベスト訴訟弁護団事務局次長)の報告が、公害・地球環境問題懇談会「JNEPnewsNo.344」(2025年7,8,9月号)に掲載されました。
全文は以下からご覧ください。
首都圏建設アスベスト東京1陣、2陣訴訟
-建材メーカーとの勝利和解成立-
首都圏建設アスベスト訴訟弁護団事務局次長 弁護士 松田耕平
首都圏建設アスベスト・東京1陣訴訟と東京2陣訴訟において、本年8月7日、建材メーカーとの集団的勝利和解が成立したので報告します。
1 建設アスベスト訴訟とは
建設アスベスト訴訟は、建築作業に従事するなかでアスベスト(石綿)を使用した建材を切断、研削、破砕等の作業をする過程で発生、飛散した大量のアスベスト粉じんに曝露したことで、石綿肺 じん肺 、中皮腫、肺がん等の重篤な呼吸器疾患を発症した方又はその遺族が、国と建材メーカーを相手に起こした裁判です。
2008(平成20) 年5月に東京1陣訴訟と神奈川1陣訴訟が提起されたことを皮切りに、その動きは全国へ広がり、北は北海道から南は九州まで、全国で1500人を超える方が原告となっています。
2 主な経過
国との間では、東京1陣訴訟の提訴から約13年後である2021(令和3) 年5月17日、最高裁の判決により国に責任があることが確定しました。この判決の翌日には菅総理代理人(当時)が原告団と面談して謝罪し、翌6月9日に建設アスベスト給付金法が成立しました。これにより、原告団が求める「裁判によらない被害の早期回復賠償を」という目的の“半分”が達成したことになります。なぜ“半分”なのかというと、国の給付金法では本来の損害額の2分の1しか支給されないからです。これは、建設アスベスト被害者に対する国の責任は、全損害のうちの2分の1であり、残りは建材メーカーが負うべきであると考えられたことによります。
しかし、建材メーカーは、上記最高裁判決で基本的には責任が認められたにもかかわらず、争う姿勢を崩しませんでした。建材メーカーは多数にのぼりますが、最高裁判決では、責任を負う建材メーカーの範囲や賠償額割合 について明確な基準が示されなかったため、建材メーカーはまだ争う余地があると考えたのです。実際、最高裁判決後にいくつかの裁判所で建材メーカーの責任を認める判決が出ましたが、どの建材メーカーが責任を負うのか、賠償額割合 はどの程度か、についての判断は各々でした。
こうした状況のなか、東京1陣訴訟東京高裁第24民事部〔差戻審〕 と東京2陣訴訟 東京高裁第17民事部〔控訴審〕 では、それぞれ主に建材メーカーの責任について約2年半の審理がなされ、東京1陣訴訟は2023(令和5) 年10月10日、東京2陣訴訟は2024(令和6) 年3月1日に結審を迎えました。
結審当日、裁判長は、裁判の長期化等により東京1陣では被災者の9割以上、東京2陣も被災者の8割が既に亡くなっているという実情等を踏まえ、原告と建材メーカーの双方に和解による解決を勧めると宣言しました。
そして、約1年後の2024(令和6) 年12月26日に東京1陣訴訟について、2025(令和7) 年1月31日に東京2陣訴訟について、それぞれ裁判所から具体的な和解案が提示されました。
3 建材メーカーとの集団和解の成立
和解案をもとに、半年かけて東京高裁において和解協議が進められ、本年8月7日に両訴訟について、次の内容の和解が成立しました。
東京1陣訴訟では、原告285名のうち253名の原告に対し、和解案で責任があるとされた建材メーカー7社が謝罪するとともに総計約40億円の和解金を支払い、また、残念ながら責任を負わないとされた建材メーカー5社もそれぞれ被災者に弔意とお見舞いを表明することとなりました。
東京2陣訴訟でも、原告112名のうちの98名の原告に対し、和解案で責任があるとされた建材メーカー5社が謝罪するとともに総額約11億円の和解金を支払い、また、責任を負わないとされた建材メーカー12社もそれぞれ被災者に弔意とお見舞いを表明する内容での和解となりました。
なお、和解条項の前文では、裁判所が、「現在係属中の同種訴訟を含めた関連する事案において、双方が今後とも引き続き、早期解決に向けた真摯な努力を継続することを強く期待する」と述べています。
4 和解成立の意義
今回の和解成立の意義としては、次の点が挙げられます。
①責任があるとされた建材メーカー 7社 が、被害者とされる原告に対し、「石綿含有建材の製造販売に際し適切な警告表示を怠ったことにより石綿関連疾患による甚大な被害を生じさせたことについて深くお詫びする」と表明したこと 建材メーカーの謝罪
②責任が認められなかった建材メーカー 1社を除く も含むすべての被告となった建材メーカーが、アスベスト関連疾患を原因として亡くなった被災者への弔意と療養中の被災者に対しての心よりのお見舞いする意を表明したこと 弔意とお見舞いの意思の表明
③被告となった建材メーカー(1 社を除く が、東京1陣・2陣訴訟合わせて351名という多数の原告との間で、判決の確定を待つことなく、一括して和解に応じたこと
建設アスベスト訴訟は、「あやまれ、つぐなえ、なくせ」をスローガンに、提訴以来長年にわたり闘ってきました。今年で東京1陣訴訟は提訴から17年、東京2 陣訴訟も提訴から11年が経過しています。遅すぎたとはいえ、原告が長年にわたり求めてきた、あやまれ 謝罪 とつぐなえ 賠償 が、国だけではなく建材メーカーとの間でも実現したことは重要です。
また、多数の建材メーカーが、判決の確定を待たずに東京高裁の示した判断基準に沿った和解を受け入れたことは、現在も全国で展開されている同種訴訟でも、建材メーカーが最高裁までとことん争うことなく和解で解決する土壌が築かれたと言え、今後の早期解決が期待できます。
5 今後の課題
今回の東京1陣・2陣訴訟の東京高裁における和解成立の翌日(8月8日) には、大阪2陣・3陣訴訟大阪高裁でも、建材メーカーとの間で和解が成立しました。これら東京高裁と大阪高裁の連日にわたる多数当事者の勝利和解成立は、テレビや新聞等でも報道され、世論に大きなインパクトを与えました。
原告団・弁護団・支援組織は、こうした機運を逃すことなく、裁判では早期の和解成立を目指しつつ、裁判外では裁判によらない被害の早期賠償のための仕組みとして、現行の給付金制度に建材メーカーも加えた、新たな基金制度の創設に向けた取り組みを強化したいと考えています。
また、裁判上でも課題が残されています。最高裁は、すべての建設作業従事者を救済対象とするのではなく、屋外で建設作業をしていた方や改修・解体作業に従事していた方については、建材メーカーの責任を認めないという誤った判決を下しています。
これにより、同じ“建設作業従事者”であるにもかかわらず、“賠償を受けられる被災者”と“賠償を受けられない被災者”という不公平な分断が生じてしまっています。
建設アスベスト被害について、隙間のない、完全なる回復 救済 を実現するためには、最高裁判決の不当な判断を是正する必要があるため、裁判上での取り組みも強化します。
今回の勝利的和解は、これまでの全国の建設アスベスト訴訟にとって大きな影響をもたらすものではありますが、残された課題もまだまだあります。
これらの諸課題の実現のため、原告団・弁護団・支援は一致団結して取り組んでいく所存ですが、世論の声も非常に重要ですので、本稿をご覧の皆さまもぜひご支援とご協力をよろしくお願い申し上げます。
