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『建設アスベスト訴訟について』(INDUST3月号)

2022.03.11

報告・論文・解説

公益社団法人全国産業資源循環連合会が発行する「産廃処理の総合専門誌INDUST(いんだすと)」の特集「アスベスト廃棄物処理のこれから」に、『建設アスベスト訴訟について』が掲載されました。建設アスベスト訴訟全国弁護団を代表して、松田耕平弁護士(首都圏建設アスベスト東京訴訟弁護団)が執筆を担当しています。

【INDUST3月号 第413号 特集「アスベスト廃棄物処理のこれから」より】

アスベスト含有製品についてはすでに生産や使用が禁止されているが、建材にアスベストを使用している建物については今後改修や解体工事が増えてくるとみられている。今後、作業従事者や、アスベスト含有廃棄物を処理する産廃業者に対して健康被害を回避し、作業時の環境放出を防ぐことも求められてくる。3月号ではこれまでのアスベスト処理に関わる事象を振り返りながら環境省が公示した「石綿含有廃棄物等処理マニュアル」を改めて紹介するとともに、アスベスト廃棄物の適正処理に向けた都道府県の動きや、ゼネコンの対応、また、「収集運搬」分析技術を含めた「解体、中間処理」、飛散防止について事例を交えて説明する。さらに、トピックスとして建設アスベスト訴訟を解説する。


『建設アスベスト訴訟について』INDUST3月号(第413号)(pdf)


建設アスベスト訴訟について


建設アスベスト訴訟全国弁護団

弁護士 松田耕平


「建設アスベスト訴訟」は、建築現場において、石綿(アスベスト)を原料とする建材(石綿建材)から発生した石綿粉じんに曝露し、肺がん等の重篤な石綿関連疾患に罹患した建築作業従事者とその遺族が、国と建材メーカーを相手に起こした「政策形成訴訟」であり、全国で1000名(被災者単位)以上が原告となっている。2021年5月の最高裁判決により国と建材メーカーの法的責任が認められ、補償基金制度が制定されたが、未だ重要な課題は山積しており、今後も法廷内外での取り組みが必要である。


1 建設アスベスト訴訟の概要

「建設アスベスト訴訟」は、建築現場において、石綿(アスベスト)を原料とする建材(石綿建材)の切断、穿孔、破砕等の加工作業によって発生した石綿粉じんに曝露したことが原因で、石綿肺(じん肺)、肺がん、中皮腫等の重篤な疾患に罹患した大工、電工、解体工等の建築作業従事者とその遺族が、「あやまれ、つぐなえ、なくせ、アスベスト被害」のスローガンのもと、国と石綿建材の製造販売メーカーを被告として提起した訴訟である。

訴訟の目的は、判決により国と企業の法的責任を認めさせ、被害者と遺族に対する十分な賠償と謝罪をさせること、また国の石綿被害防止対策を抜本的に改めさせて、国と建材企業を拠出主体とする補償基金制度(裁判によらない早期解決・早期補償)を創設することであり、その意味で、個々の被害者救済という枠を超えて、建設作業従事者の石綿被害の救済制度の創設・実現を目標とする、いわゆる「政策形成訴訟」と位置付けられる。


2 訴訟の経緯

2008年5月に東京1陣訴訟、同年6月に神奈川1陣訴訟がそれぞれ提訴されて以後、札幌、仙台、さいたま、京都、大阪、福岡など全国各地の地方裁判所に提訴が続き、現時点までの原告数は1000名(被災者単位)を超える。

【2008年5月16日・東京1陣訴訟、東京地方裁判所へ提訴】


裁判における主な争点は、①建設アスベスト被害に対する国の労働関係法令に基づく規制権限不行使の責任の存否、②一人親方や中小事業主(以下「一人親方等」という。)に対する国の責任の存否、③建設アスベスト被害に対する建材メーカーの共同不法行為責任の存否である。

現在まで約14年間に及ぶ訴訟の経緯は下表のとおりである。最初の判決となった2012年5月の横浜地裁判決(神奈川1陣訴訟)では原告の全面敗訴であったが、同年12月の東京地裁判決(東京1陣訴訟)は国の規制権限不行使の違法を認めた。以後、国の規制権限不行使の違法を認める判決は続いたが、国の一人親方等に対する責任と建材メーカーの責任は否定する判決が続き、建材メーカーの責任が認められたのは2016年1月の京都地裁判決(京都1陣訴訟)が最初であり、国の一人親方等に対する責任に至っては、2018年3月の東京高裁判決(東京1陣訴訟)まで待たなければならなかった。しかし、ひとたび責任を認める道(判決)が切り拓かれると、以後も同様に認める判決が続いた。

これら各争点における勝訴判決の獲得は、原告(被災者・遺族)が尋問を通じて重篤・深刻なアスベスト被害を裁判官に訴え続けるとともに、全国展開している集団訴訟という特徴を生かして、各地の弁護団が、多くの法学者(民法学、行政法学、労働法学)や専門家(医師、労働安全衛生、工学系等)の協力を仰ぐなど、様々な集団的取り組みを積み重ねたことの成果といえる。

(判決一覧表:略)


3 最高裁判決

2008年5月の東京地裁提訴から約13年間で14の地裁・高裁判決を経て、2021年5月17日、最高裁判所(第一小法廷)は、神奈川1陣訴訟、東京1陣訴訟、京都1陣訴訟、大阪1陣訴訟の上告審において、下級審で判断が分かれていた建設アスベスト被害を巡る争点について、初の統一的判断を行い、一人親方等も含めた国の責任と建材メーカーの共同不法行為責任のいずれをも認める画期的な判決を言い渡した。

(1) 国の責任

最高裁は、国について、1975年には既に建設現場が石綿粉じんに曝露する危険性の高い作業環境にあったとして、同年10月1日から2004年9月30日までの間、次の規制権限不行使の違法があったことを認めた。

①石綿建材の表示及び石綿建材と取り扱う建設現場における掲示として、石綿建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があることや石綿建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督すること、

②事業者に対して、屋内建設現場において石綿粉じんに曝露する作業に従事する労働者に呼吸用保護具を使用させることを義務付けること。

さらに、これらの規制権限は、「労働者を保護するためのみならず、労働者に該当しない建設作業従事者を保護するためにも行使されるべきもの」として、一人親方等との関係でも国が責任を負うことを認めた。

(2) 建材メーカーの責任

最高裁は、一部の建材メーカー(被告)について、民法第719条1項後段の類推適用による共同不法行為責任(連帯責任)を認めた。

また、719条1項後段の類推適用の要件となる、特定の建材メーカーが製造販売した石綿建材が特定の被災者の作業する建設現場に相当回数にわたり到達していたこと(建材現場到達事実)についても、当時の建材のマーケットシェア(市場占有率)などを利用した原告らの立証手法が相応の合理性を有しているとした。

以上の最高裁判決により、国の責任がほぼ全面的に認められただけでなく、神奈川1陣訴訟、大阪1陣訴訟、京都1陣訴訟の各高裁判決で責任が認められていた複数の建材メーカーの責任が確定することとなった(神奈川1陣訴訟の一部建材メーカーと東京1陣訴訟の建材メーカーについては、事実審理を行うべく東京高裁へ差し戻している)。


【2021年5月17日 最高裁判決】


4 国との基本合意、補償基金制度の創設

最高裁判決を受けて、翌5月18日、首相官邸に原告団代表、弁護団代表、全国連絡会代表が招かれ、菅義偉総理(当時)と面談、菅総理は被害者・遺族への真摯な謝罪を表明するとともに、係属中の訴訟の全面的解決と未提訴の被害者の権利救済を指示した。これを受けて、同日夕方、田村憲久厚労大臣(当時)と原告団代表、弁護団代表、全国連絡会代表との間で「基本合意書」が取り交わされた。この基本合意書では、第1で厚労大臣から被害者・遺族に対する謝罪の意が改めて表明され、第2で最高裁判決以前に提訴された係属中の訴訟の和解についての基本方針・基準等が、第3で最高裁判決時点において未提訴の被害者に対する補償の内容がそれぞれ示され、さらには第4で石綿被害発生の再発防止対策や被害者に対する補償に関する事項等について、建設アスベスト訴訟全国連絡会と継続的に協議することが合意された。

2021年6月2日、基本合意書中の未提訴の被害者に対する救済制度を具体化するものとして、全党・全会派が賛同した議員立法「特定石綿被害建設業務労働者党に対する給付金等の支給に関する法律案」が国会に提出され、衆議院及び参議院の各本会議で全会一致により可決、同月9日に成立した。

この法律により新設されることとなる補償基金制度で、現在の建設アスベスト被災者だけでなく、今後30年間で新たに発生するとされる約2万人(国の推計による)の被災者も救済対象に加わったことになる。そして本年1月19日、「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」が完全施行され、現在、補償基金制度の運用が始まっている。


5 今後の課題

補償基金制度の創設・運用開始により建設アスベスト訴訟の目的の一端は実現をみたといえる。

しかし、未だ重要な課題が山積している。補償基金制度は、国が責任を負う部分についての補償を対象とするものであり、補償額は本来の被害額の半分(2分の1)にとどまる。残りは、本来、もう一方の加害者である建材メーカーが負担すべきであるが、最高裁判決後も建材メーカーはなおも責任を争う姿勢を崩していない。このため裁判が続くことになるが、裁判とは別の問題として、昨今重要性が指摘されている企業の社会的責任のあり方もまた鋭く問われなければならない。

また、最高裁は、一部の屋根工や板金工など専ら屋外作業に従事していた者(屋外作業者)については、石綿粉じん曝露による危険性の予見可能性がなかったとして、建材メーカーだけでなく国の賠償責任も否定した。このため、屋外作業者は補償制度の対象から除外されてしまっている。今後は、裁判を通じて屋外作業者についても国と建材メーカーの法的責任があることを明らかにしつつ、補償基金制度の改正を図らなければならない。さらには、建設アスベスト被害者のみならず、すべてのアスベスト被害者の救済を実現するために、石綿救済法の抜本的な改正も課題として残されている。

以上の諸課題も早期に解決すべく、原告団、支援団体、弁護団は、今後も一丸となって、アスベスト被害者の完全救済に取り組む所存である。